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クニンガン

全ての神々が天界に帰る日。ヒンドゥー教徒として、より良い人生、賢明な人生を送ることを、新たに誓う日です。

こんにちは、プスパです。ニュピに引き続き、クニンガンがやってきました。

クニンガンの前の日は、ガルンガンの前日と同じく、プナンパン・クニンガンと呼ばれる日です。(正確には、クニンガンの前日は、プナンパンではなく、プナンパ、と呼ばれるそうです)この日は、カラ神の力が強まる日とされ、お祈りやお供え物はしてはならず、翌日のクニンガンの儀礼に備えて、準備をする日とされていますが、プスパの家ではラワールを作ったので、バンタン・ソドというお供え物をしました。
家寺や、各祠、石像などに、ワストラという布で飾り付けをするのはガルンガンの時と同じです。傘やノボリ、槍や旗もまた立て直します。
クニンガンのお供え物は、ガルンガンの時とは多少違いますが、手順と場所は同じです。お供え物の違いは、例えば、ガルンガンには、米粉から作る練り菓子を使いますが、クニンガンには使わない、といったようなことです。
そして、クニンガンには、「タミアン、パナ、エンドン」というお飾りが椰子の葉で作られ、家寺、家中の建物に吊るされます。
ガルンガンの時には、サンピアン・ガントゥンというものを作って吊るしました。
タミアンは、ウィシュヌ神が手に持っている、チャクラという武器の形をシンボライズしています。パナは、マハデワ神のナガパサという武器を、エンドンはサンカラ神のモクサラという武器を、それぞれシンボライズしており、これらを家中に吊るすのです。
このタミアンは、車の前面に吊るされたりもします。凝ったものだと、大きく、色を使って精巧な細工が施され、それをつけて走っている車は、なんだかお正月にしめ縄をつけて走っている日本の車のようです。

このプナンパ・クニンガンの日も、まだまだ子供達のバロンはあちこちをめぐり歩いています。クニンガンが過ぎると学校も始まり、バロンもお仕舞いになるので、ここぞとばかりに、隣の村からも遠征にやってきます。時々、よそからきたバロン同士が道端で対面し、お互い競い合うように飛び跳ねている姿も見られました。この日の夜も、「バロンが見たい」とせがむ子供を抱えて、多くの人々が通りに出ていました。
さて翌日はクニンガン。

クニンガンはこの世に存在する全ての生き物にとって、意味深い日です。クニンガンの「KUNING」という言葉は、色の黄色をさすのではなく、アムルタという意味だそうです。アムルタとは、「一生・生き方」のことです。また、クニンガンは「KEUNINNGAN」からきており、これは、「賢明」という意味を持つと言われます。このことから、クニンガンとは、祖霊神を含む、マハデワ神に対して、賢明な人生を送れるよう、祈願する日なのです。
クニンガンの日は、正午12時までに全ての儀礼を終了させねばなりません。なぜなら、この日の午前中、全ての神々は、天界へと帰ってしまうからです。
なので、この日は朝早くから本家の家寺、サンガ・グデや、舅の実家にお供え物を持って行ってお参りを済ませ、家での儀礼も正午までに済ませてしまいます。親戚達も少し慌しく来ては家寺に参り、去っていきます。
クニンガンには、この家の子供達も含めた、家族全員の「ナタッブ」が行われます。
この日は、すぐにルンスールといって、お供え物を引き下げます、引き続いて今まで使った、ワストラ(飾り布)や傘、ノボリ、槍、旗、といった道具も片付けてしまいます。
クニンガンの日の夕方、再度、バロンとランダの巡行があります。人々はまた正装に身を包み、プラ・ダラムから出発する行列を沿道で待ち迎えます。
あたりが薄暗くなってきたころ、ようやく巡行が始まり、まず最初に村の墓地へと参ります。そこから大通りを通って、村のバレ・バンジャールのある四辻へ。それからカジョーの方角へ行列は続きます。沿道の家々の門の前では女性達が、サンブッという、ココナッツの殻を乾かしたものを燃やしています。ガルンガンの時と同じように、各家庭からチャナンに小額のお布施を入れて、バロンとランダにお供えします。
各要所で、バロンは身体を揺らしながら踊りを披露します。それを恐ろしげな面のランダが黙って見守っています。そう、いついかなる時も、バロンとランダは一緒なのです。シワとカラが表裏一体なように、バロンとランダは、この世の全ての現象の表と裏をシンボライズしています。時に激しく戦い、しかし決して離れることはないこの二つのシンボル、村々の寺でご神体ともなっているランダとバロンは、バリ・ヒンドゥー教の教えを端的に表しているといってよいでしょう。
この日の巡行も、やはり疲れた子供達が途中で帰ると言い出したため、プスパは家に戻りました。プスパの旦那さんが、家族を代表して一人で巡行に付き従っていきます。
こうして、3月の半ばから始まった一連の儀礼が終了しました。毎日、ひたすらお供え物の準備、お寺での共同作業、NGIRING行列、と、何かしらの行事に追われて、はっきり言ってみな疲れが溜まっています。しかし、バリ人として、ヒンドゥー教徒としての重要な儀礼を無事に終え、これからの新たな一年を迎える、という清々しい気分でいることも確かなのです。
プスパも、一連のバリ・ヒンドゥーの儀礼を取材して改めて色々考えさせられました。ちょっと個人的ですが、プスパが、バリ島の宗教活動にどう関わっていきたいかを整理してみました!
最近、若いバリ人の間で、この煩雑で手間ひまのかかるバリの儀礼について、批判的な意見を持っている人間が増えてきたと聞きます。バリ島とて現在に生きる島、国際社会の流れには、嫌でも巻き込まれますし、ましてや世界各国から外国人や外国製品が流れ込んでくる観光島。外からの影響を受けて、自分達の文化やルーツに疑問を抱く人が増えるのは、これは仕方がないといえます。そして、プスパのように、結婚するにあたり、かなり消極的に改宗、入信した外国人の嫁達。もともとの信仰の土台が希薄な上に、あまりにも違う文化、習慣にとまどいながら生活するのがやっとというところですから、この、生活の大半を儀礼に捧げているように見えるバリ・ヒンドゥー教に対して、かなりの疑問と拒否感を持っているのが、現実ではないでしょうか。
プトゥ・スティアの「バリ案内」という本の終章に、「バリ人には、トリサンディヤという一日三度の礼拝を行う人が非常に少ない。なぜ、ヒンドゥー教の教義を普及させないのか。なぜ、葉や花、椰子の若葉を浪費する、ああした儀礼にかかわってばかりいなければならないのか」と、ヒンドゥー教評議会の参加者の一人が不満を漏らした、という文章があります。バリの外側のヒンドゥー教徒からはインドネシア(もちろんバリ島含む)のヒンドゥー教が、儀礼の段階までで行き詰まっている、という批判が多く出ていると。もっと深く教義を学ぶ必要がある、と。
確かに、プスパが、記事を書くに当たって、正確な情報を求めて、バリの家族や友人に質問しても、「本当の意味はよく分からないんだけど、昔からずっとそうだったから」という答えが大半で、困ることが多かったのです。これでは文章になりませんものね。

村での儀式関連の長である、ブンデサに聞いた時、「ははは!(大笑い)村の老人達に聞いても、みんな何も知らないよ。ただただ慣習に従ってるだけなんだから」と言われました。ブンデサには、細かい部分の情報を、丁寧に説明していただき、大変助かりました。
しかし、意味も分からずにこれだけの儀礼を、村全体、島全体でこれほど見事に、これほど統率されて遂行できる、というのは、どういうことなのか?
プスパは、こうした複雑で煩雑な儀礼の中にこそ、頭でなく、体で宗教経験が出来る、という機能があると思うのです。学校で教義やマントラ(真言)や、礼拝の仕方を学ぶのは、それは大切だと思います。特にこれからの若い人たちにとっては、外に向かってそれをきちんと説明できることがとても重要だからです。しかし、それだけでは欠けている気がするのです 。

自分の時間、その時間にもっと有意義な仕事、端的に言えば、金銭に代わるというより分かりやすい意義のある仕事が出来るであろう、貴重な時間をさいて、人々は儀礼の奉仕活動を行います。そこで沸き起こってくるであろう不平、不満、怒りなどをいったん押さえて、もっと高い次元の目的のために、共同で「時間」を捧げるのです。ひとつの宗教行事を遂行するには、それがどんなに小さい儀礼であっても決して一人ではなし得ません。
この、他人と共同で作業をする、一つの目的を成し遂げる、という行動の中で、多くのことを学べるのです。もちろん、共同体の中には、自分とそりの合わない人々もいるでしょう。しかし、そういう中で、共同で作業をする、ということが、自己の成長において、どれだけ価値のあることか。一見、単調に見える反復作業のようなお供え物作りも、その作業の中には、祈りに変わる、重要な作用が含まれているのです。
はっきり言って、面倒くさいです。プスパも、毎回毎回、立て続けに行事があるときなどは、本当にうんざりしてしまいます。でも、これがなくなってしまったら、このバリ島の生活の中で、「何も学ぶ機会がなくなって」しまうだろう、とも思うのです。行く前は面倒に思うお寺の奉仕活動でも、行ったあとは、自分でも不思議なくらい、充実感があります。つまり、「自分でも役に立てるんだ、自分も必要なんだ」という事が、実感出来るからです。
プスパにとって、まだまだ真のヒンドゥー教徒としての生活は遠いものです。しかし、このバリ島でプスパは、まず自分の怒りの感情を押さえる訓練を日々させてもらっている気がします。ネガティブなものをポジティブへと変換させる。この島の儀礼体験は、常にそれの方法を、個人個人に考えさせてくれる「経験の場」なのです。

以上、プスパでした。

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2009-05-13

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