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ガルンガン~ウク歴の1年の締めくくり~

バリ・ヒンドゥー教徒の一番大切な日、お盆とお正月を併せたような日です。

こんにちは、プスパです。さて、西暦2009年の3月。今年の三月は、バリ島では、まさに「盆・暮・正月」が一度にやってくる、大忙しの月なのです。

どういうことかと申しますと、一ヶ月を35日とし、210日でひとサイクルであるウク暦による祭日、「ガルンガン」「クニンガン」。そして、月の満ち欠けを基準とする太陰暦を元にしたサカ暦の新年・元旦「ニュピ」が、連続して続くんです。
日本のように、西暦だけを採用している場所と違い、1ヶ月35日の暦と、1ヶ月がほぼ30日の暦を平行して使い(さらに西暦も使われる)、その二つの暦による儀礼・行事も同時に行われるバリ島では、儀式や記念日の周期が、西暦のカレンダーの日付とは、ちょっとずつズレていくのです。なので、たいがいは、ガルンガンやニュピは連続したり、重なったりしないのですが、今年は、「ガルンガン」と「クニンガン」の間に「ニュピ」が挟まっちゃったんですね!

今年の3月の行事日程を見てみると、、、

12日ハリ・スギアン・ジャワ
13日カジャン・クリウォン、ハリ・スギアン・バリ
17日プナンパン・ガルンガン
18日ハリ・ラヤ・ガルンガン
19日ハリ・ウマニス・ガルンガン
22日ハリ・ウリアン
23日ムラスティ
25日新月・ムチャル
26日ハリ・ニュピ
27日プナンパ・クニンガン
28日ハリ・ラヤ・クニンガン

ずらずらずら~っと並んでいるでしょう?
という訳で、これから順番に、このバリ島の3大祭日を、ご紹介します。
まずは、ガルンガン、という祭日をご紹介します。

一般的に、神となった祖先の霊が家族の元を訪れる日、日本で言えば「迎え盆」のような行事と紹介されている「ガルンガン」ですが、バリ・ヒンドゥー教の教義に照らして言えば、正義の勝利を意味する、神聖な日である、ということになります。そして、ガルンガンの何日か前からガルンガンの翌日まで、関連した儀式の日が連続して続くのですが、これは抜かしたり省略したり出来ません。そう、実際は、一日で終るものではなく、5日ほど前からの前準備の儀礼も含めて、「ガルンガン」と呼ばれるのです。
まず、「ハリ・スチ・スギアン」という、ガルンガンに向けて準備を始める日から始まります。家寺や神聖な場所、各建物の清掃、そしてガルンガンの儀式に使うものの手入れを行い、家寺に「バンタン・ソド」という小さい供物を捧げ、祈ります。
これは、サンガやムラジャンと呼ばれる家寺がシンボライズしている、大自然・この世界を浄化する、という事であり、ひいては自分自身の浄化に向けて、準備を始める、ということなのです。「真実・正義」の勝利の日であるガルンガンには、この地球上の全存在が清浄な状態でなければなりません。でも、動物や植物には思考力も判断力もありません。ただひとり、「人間」だけが能動的、主体的に「浄化」について行動を起こすことが出来るのです。スギアンの日はそういう心構えで、各家寺で祈りを捧げる日なのです。

ガルンガンの3日前はガルンガンに向けて、準備が万端、整っている状態を指します。また、この日は「サン・カラ・ティガ」という悪霊が地上に降りる日でもあります。

パサール(市場)は、ガルンガンに向けてお供え物の果物や、ブスンなど必要なものを買い求める人々でごったがえします。余談ですが、バリ島では、こういう祭日が近づくと、果物やブスン(椰子の葉)など、絶対に必要なものは、値段が吊り上ります。値段を上げても絶対に売れるので、ここぞとばかりに売り手は商売に励みます。主婦達は少しでも安く、いいものを求めて、あちこち走り回ります。
この日になると、男連中が、そろそろ「ペンジョール」と呼ばれる、竹で作るお飾りのようなものを準備し始めます。
ペンジョールは、寺院での儀礼の際に門の前に立てたり、ガルンガンの祭日に家々の前に立てるもので、バリ・ヒンドゥー教の唯一神、サン・ヒャン・ウィディ神に対して、感謝の念を表すものだそうです。一説には、ペンジョールは、アグン山に住むとされる龍の神、バスキ神を象徴するとも言われています。バリ・ヒンドゥーの総本山、「ブサキ寺院」は、「バスキ神のいます所」という意味で、ペンジョールの椰子の葉の飾りは龍の背びれを表し、竹の先にぶら下がったサンピアンが龍の尾を表しているそうです。
このペンジョールを作るのは、おもに男性の仕事とされており、丁度いい形の竹を探して切り出し、あるいは買いに行き、それぞれ工夫をこらして飾り付けをしていきます。ガルガンの前日までには家の前に立てなくてはならないのですが、早々と立てる家もあれば、ぎりぎりまで大人も子供も一緒になって準備しているところもあったりと、なんだか日本の大晦日の風景に似ていなくもなく、微笑ましい光景です。
このペンジョールは、村ごとに飾りつけが微妙に違っていたり、豪華さを競い合ったりと、なかなか見ていて飽きないものです。バンジャールによっては、このペンジョールの素晴らしさを競う催しがあり、上位入賞者には賞金が出るそうです。
このペンジョールが立ち並ぶガルンガンの朝に、大通りを歩くと、その美しさに目を見張ります。
そのペンジョール、一体何がぶら下げられているのかというと・・・

本体の竹(マヘソラ神)
白い布(イスワラ神)
米の菓子(ブラフマ神)
ココナツの実(ルドラ神)
椰子の葉(マハデワ神)
葉っぱ類(サンカラ神)
果物や稲、イモやトウモロコシなど穀物類(ウィシュヌ神)
さとうきび(サンブ-神)     

*( )内はそれぞれ象徴している神の名
ペンジョールはサン・ヒャン・ウィディ神に、すべての災厄、とりわけ飢餓から守ってもらっていることへの感謝の念を表すものであるので、このように様々な大地の実りがぶら下げられているのです。ペンジョールの前には、必ず小さな仮の社(お供え物置き)が設けられますが、このサンガ・アルタ・チャンドラと呼ばれる祠は、先ほど述べた、龍神をシンボライズした龍の頭を表すとも、ブサキ寺院のサン・ヒャン・シワ神を表すとも言われます。
ガルンガン2日前のプニャジャンの日は、サン・カラ・ティガという悪霊の誘惑やそそのかしを、沈思黙考で打ち負かし、克服する日であります。この日は、サテを作ります。そして、女性陣はガルンガンに供えてのお供え物作りの佳境、男性陣はペンジョールの仕上げや、ガルンガンに使う道具類の準備など、忙しさもまだまだ続きます。そして明日はいよいよプナンパン。

ガルンガンの前日は、「プナンパン」と呼ばれます。この日は早朝から、「ポトン・バビ」と言って、豚を屠ります。何世帯かでお金を出し合って一頭の豚を屠り、解体して肉を分け合います。分けて持ち帰ったお肉で、早速、ラワールや、煮込み、揚げ物、腸詰ソーセージ、といったものを作ります。
このお肉は、ガルンガンが終って、クニンガンを迎えるころまで、延々と食べつづけられます。だから、なるべく日持ちするように揚げたり、煮込んだり、皮などは天日に干して、あとで揚げて、クルプッと呼ばれるオセンベイのようなものにして食べます。
プナンパン、の本来の意味は、「源泉への復帰」つまり、本来の姿への回帰、というほどの意味だそうです。そして、本来この日に供される「バンタン・トゥバサン」というお供え物には、目に見えるこの世の全ての現象・存在、また、目に見えない世界の存在、そのどちらの世界も、ネガティブなものはポジティブへと転換させ、神の領域と人間の領域、目に見えるものと見えないもの、肉体と精神、を調和・同調させ、バランスを取る、という意味があるのです。この儀式によって、地上に降りてきたサン・カラ・ティガという悪霊は、本来の姿、サン・カラ・ヒタという、神の姿へと戻る訳です。つまり、この重要なバンタンには、「ニュートラル(中立)な状態に戻す」という意味があるのです。
プスパの住む、ウブドにほど近い村では、プナンパン・ガルンガンの日はバンタン・ソドというお供え物だけ供えます。祭日のお供え物の供え方や、儀式のやり方は、地域によって随分と差があり、全てが全て、同じやり方、同じ意味合い、という訳ではありません。大きな行事の前には、村ごとに「式次第」のような、日程と、揃えるべきお供え物の詳細、などが細かく書かれたものが各家に配られ、村中がいっせいに行事を遂行できるようになっています。なので、この記事はプスパの住む地域に準じます、ということを、あらかじめお断わりしておきますね!
さて、プナンパン・ガルンガンに戻りましょう。この日はラワールを作り、お供え物をして、明日のガルンガンに向けて、最終仕上げをします。サンガやムラジャン(家寺)や、敷地内の祠に、ワストラという、きらびやかなカイン(布)やラマックで飾り付けをし、吊るし物を吊るし、傘を立てかけ、ノボリを立てます。まさに、「飾り立てる」という形容がぴったりの、この豪華さ!
夜になってようやくお供え物も全て揃い、家寺の「ピアサン」と呼ばれる祭壇にきれいに並べられます。この祭壇には、菓子や果物を積み上げた「グボガン」というお供え物や、新品のカインやスレンダン(腰帯)を重ねて積んだものなどが並べられます。これは、家寺に降臨する神々や祖霊神に対して、様々な食べ物と新しい衣服を供する、という意味で、最上級のおもてなしを意味しています。猫やねずみに荒らされないように、きっちり締め切って鍵もかけるんですよ!これで準備は整い、明日を待つだけ。
このように、何日か前から準備に追われるガルンガンですが、プスパの家は、敷地は普通に大きなバリの家なのですが、家族数が少ないので、いつも人手が足りずに大忙し!おまけに一人息子の嫁が外国人なもんで(プスパです、すみません)、ほとんど手助けにならないし、毎回、大変そうな姑に申し訳なく思いながら、出来ることだけ手伝っているプスパなのです。今年のように、比較的早く準備が終ったのは稀なんです。いつも、夜中12時過ぎまで準備が終らずに、みんなげっそり疲れきる・・・。そんなときプスパは、子供のころの大晦日を思い出していました。母親が一人で、「ああ終らない終らない!」と言いながら夜中までおせち料理を作っていた姿を・・・。
さて、いよいよガルンガンの日がやってきました!
早朝から、調理したての鶏肉などのお供え物、新しい花々を使ったチャナンをセットして、お供え物の最後の仕上げをします。そして、「サンガ・グデ」と呼ばれる、本家の家寺に、お供え物を持っていきます。また、舅あるいは姑の実家にも、お供え物を持っていきます。村のお寺、プラ・ダラムにもお供え物を持っていき、ガルンガンの儀式に使う「ティルタ・聖水」を戴いてきます。この重要な「聖水」で家を清めるのです。
聖水を戴いてきたら、すぐにお供え物を供え、家族みんなで家寺で祈りを捧げます。
プスパの家寺にも、嫁いでいった義姉や義妹たちがお供え物を持ってやってきたり、親戚達がお供え物を持ってきて、お祈りしに来たりと、ぽつぽつ人がやってきます。暑い暑い日中、一連の儀式が済むと、ちょっと休憩。プスパも子供とお昼寝しました・・・とにかく暑い!!
ここですこし、ガルンガンの本来の目的とは?というお話を。

ガルンガン、とは、この大自然・世界の、光り輝く頂点の日である、とものの本には書いてあります。「真実の光へと到達する最終目的の地点」とも。抽象的過ぎて、難しいですよね~。ガルンガンは、210日で一巡りするウク暦の頂点に当たる日なのです。この210日間に行われた様々な儀式の集大成、ともいうべき日でもあります。全てのバリ・ヒンドゥー教徒が自らの行いを正し、取り組んできた「真実の勝利」への道の、集大成。

このガルンガンの日、神がサン・ヒャン・シワ・マハデワとなって、全ての神々、祖霊神、とともに地上に降臨します。神となった私達の祖霊神は、子孫達の「良き人間としての行い」を見たいと願っています。なぜなら、この世での、われわれ子孫の善行が、あの世での祖霊神の立場にも影響を及ぼすからです。
すでに古典となったミゲル・コバルビアスの著書「バリ島」に、「バリ人が神々のことを言うときには、数知れぬ種類の守護霊たちのことで、それはみな、なんらかの意味で祖先の概念と結びついている。中略~いずれにせよ、祖先こそが人々にとっていちばん身近で最初の神々であり、祖先を祀ることはこの世と霊界のつながりを築くことである。」という一文がありますが、プスパもこれには、なるほどな~と深くうなずきました。バリ・ヒンドゥー教は、あきらかにインドのヒンドゥー教とは異なるのです。このへんの事情から、「ガルンガンとは迎え盆」という風に、ガイドブックなどに書かれるようになったのではないか、と思われます。

ガルンガンとは、ウク暦におけるバリ・ヒンドゥー教の、ひとつの集大成の日であり、バリ・ヒンドゥー教徒にとっては一番大切な日なのです。
話を現実に戻しましょう!お昼寝の時間は過ぎて・・・夕方3時頃になると、今度は「ルンスール」と言って、お供え物を下げてまわります。何しろ量が膨大なので、お下がりを仕分けるだけでも一時間はかかるのです!みんなお下がりのお菓子や果物をつまみながら、おしゃべりを楽しみながらお供え物を整理して、什器を片付けていきます。このあと、夜にかけては、子供達のお楽しみ、「バロンの巡行」があるのです。
ガルンガンの日には、プラ・ダラムに安置されているバロン(獅子の姿をした聖獣)とランダ(強い魔力を持つ魔女)が出揃って、ガムラン隊を従え、村の辻々を巡り歩きます。
プスパの住む村は、「クロッド(海側)」と「カジョー(山側)」の二つのバンジャールに分かれているのですが、この日はカジョー側のバロンとランダも一緒になって、巡行します。

このとき、何箇所かで「お布施集め」があり、その場でバロンは踊りを披露します。このお布施は、今後、バンジャールの管理の元、お寺の維持や、村の行事のために使われます。新調した正装で、村人が大人も子供も、その巡行に付き従います。小さな子供達は興奮して夜遅くまでついて行きたがるのですが、大抵は途中で眠くなって最後のお寺まで付き添うことはできません。こうして、ガルンガンの長い一日は終ります。
ガルンガンから10日後のクニンガンまで、到るところで、子供達の「バロン」が練り歩きます。小額のお布施を稼ぎに、自分達の村を出て、「遠征」するバロンも珍しくありません。小学生達のあやつる、つたないバロンから、村の青年団による、かなり本格的なバロンまで、一日中、何回も目にすることが出来ます。プスパの住む村では、決まって夜の7時ごろ、村の子供達がバロンを操って、各家をまわって、門付けを集めます。小さな子供達は大喜びで、どこまでもついて行きます。日本でも、昔は獅子舞の門付け、というのがあったのですよね。きっと似たような感じだと思います。
ガルンガンの翌日は、ウマニス・ガルンガン、通称マニス・ガルンガンと呼ばれる日です。本来は、ガルンガンのお供え物を、下げる日(ルンスールといいます)なのですが、どこの家もガルンガンのその日に全部片付けてしまうので、この日は小さなお供え物、バンタン・ソドだけを供えて、各家寺でお祈りし、ティルタ(聖水)を戴くだけです。そして、その後、人々はみな着飾って、親戚や実家、または親しい友人の家を訪問しあったりして、ゆっくりと休日を楽しむのです。

このように、ガルンガンには、仕事や学校や結婚などで、遠く離れて住んでいる人たちも、みな実家に帰ってきます。そういう意味では、日本のお盆やお正月に当たる、といえるでしょう。

ガルンガンの4日後に、ハリ・スチ・ウリアンという日があります。この日は神々が元の場所に戻る日であり、決められたお供え物を供えます。その翌日は、サン・カラ・ティガ(悪霊)が元の場所に戻る日とされています。このように、ガルンガンは、その後も小さな行事が続き、10日後のクニンガンを迎える訳です。
さて、次はクニンガン、といきたいところですが、その前にサカ暦の新年、「ニュピ」があります。次回はその「ニュピ」をレポートいたします。お楽しみに!以上、プスパでした。
関連タグ:ヒンドゥー教供え物祈り正月

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2009-04-29

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